1999年、つまり20年前の夏、スイスで鉄道に乗る旅をした。当時はまだ無名だったが良質のツアーを行っていたニッコウトラベルのツアーに参加したのだ。氷河特急やベルニナ急行、パノラマエクスプレス、クライネシャイデックやグリンデルワルドの山岳電車(ユングフラウやウエンゲン)など思い出は尽きないが、スイスならではということになると、やはりゴルナーグラート鉄道であろう。
この鉄道は登山基地として有名なツェルマット(標高1,604m)からゴルナーグラート(同3,089m)まで9,339m(うち3,790mは複線区間)の路線を持ち、アプト式(歯軌条式の一つ)で、標高差1,469mという急勾配をゆっくりと40分近くかけて登っていく。ちなみに日本では大井川鉄道井川線の一部が唯一のアプト式である。また、1963年9月末まで存在した信越本線横川・軽井沢間、碓氷峠の旧線もアプト式だった。同じアプトでもゴルナーグラートは歯軌条が2本だが碓氷峠は3本という違いがある。碓氷峠では横川で4両の専用機関車をつなぎ軽井沢まで11.2km、途中のトンネル28、標高差500m余を48分で結んでいたが、ゴルナーグラートは電車でトンネルもなく高原を駆け上る感じだった。編成両数の違いもあるので優劣は不問。
ゴルナーグラート鉄道は1898年に歯軌条式の電気鉄道として開業。長い間夏期のみの運行だったが1942年に通年運行されるようになった。基本は2両編成(現在は4両編成もある)だが、早朝などは1両での運行もあった。①は朝6時半頃にツェルマットを6時に出た一番電車(現在は夏期でも7時が初発)がマッターホルンを背景に、終点近くの大きなSカーブを上ってくるところ。このSカーブまではほとんどの区間で右手にマッターホルンを見て(⑤切手参照/スイス最初の歯軌条式電気鉄道とある)登ってくる。終点のゴルナークラート駅から少し上には三ツ星のホテル・クルムと展望台があり(②)、多くの観光客でにぎわっていた。駅はその後2004年にリニューアルされている。
最近私はゴルナーグラート駅付近が写っている古い絵葉書(③)を入手した。何と開業当初、19世紀末の絵葉書で、終点ゴルナーグラート駅が写っている。その服装に、スイスでは120年前に標高3,000m級の山へこの姿で登れたのかと、観光立国の神髄を見る思いがした。日本なら羽織袴で富士登山といったところだろうか。私は偶然にも同じ山並みの写真(④)を撮っていた。見比べていただくと温暖化の影響か、氷河の多くが消滅しているのがおわかりになるだろう。電車の位置は異なるがほぼ同じ場所からの写真と思われる。
ホテル・クルム(クルムは山頂の意)のマッターホルン側の部屋からの眺めは最高で、夜中に目覚めて部屋の窓から満天の星空に浮かびあがるマッターホルンを眺めた時の感動は、今もつい昨日のことのように思いだす。古くから人気のホテルでマッターホルンビューの部屋は予約が難しいとのことだ。あの日の幸運に感謝したい。