1910年代にヨーロッパやアジアの大都市にロータリーが広まりました。その次の目標は、その中間にある国々やアフリカにロータリークラブ(RC)を創設することでした。国際ロータリー(RI)はカルガリーRC(カナダ)のJ. W. Davidson(ジェイムズ・ウィラー・デイビッドソン①)にその役目を依頼しました。
1872年生まれの彼はロータリアンになる前、日本や台湾、ロシアなどで広く活躍したアメリカ人です。日本時代にはその功績により旭日章を受章しています。34歳の時、上海で病に倒れ、献身的に看病したカナダ人女性(一説では神戸で知り合ったとされる)とその後結婚し、夫人の出身地カルガリーで1914年にロータリアンになり、国際拡大委員長やRI副会長を務めるなど顕著な活動をしていました。
彼は困難であろうロータリー拡大の役目を快諾し、妻リリアンと娘マージョリーを伴い1928年から1931年にかけて、トルコを皮切りにヨーロッパから北アフリカ、アジアの国々を巡り、12か国の23都市でRCの設立を果たしました(『奉仕の一世紀』〈デイビッド C. フォワード著 2003年 国際ロータリー発行〉では、彼を「並外れたロータリー伝道師」として紹介しています)。
1929年には北アフリカ初のRCをカイロ(エジプト)に誕生させ②、1931年にはプラチャトラ・ジャヤカラ殿下を初代会長としてバンコクRC(タイ)③の創設を果たしました。
10年ほど前、ある切手商から「この朝鮮からカナダ宛てのハガキ、ロータリーのものですよね?」と言われて「ああこれ出席カードだ」と思って入手したのが④のハガキ(表裏)です。正直に言うとその時は気がつかなかったのですが、持ち帰ってよく見ると、何と「Jim Davidson」の文字があるではありませんか。彼の伝記2種類を読んだ後でしたので、感動しました。
彼は1931年2月21日、ロータリー拡大の長い旅の最後に、日本統治下の朝鮮・京城RC(1927年8月設立)の例会に出席したのです。宛先は彼のホームクラブであるカルガリーRC、消印の日付は1931年3月3日です。
今年(2018年)のRI年次大会はカナダのトロントで開催されましたが、以前のトロント大会(1983年)で向笠廣次RI会長(当時)が彼をたたえたのが、彼の功績を再評価するのに大いに役立ったと言われています。